「全社で営業に取り組む『全員営業』が必要だとは思うけれど、営業以外の社員から『なぜ自分たちが?』と反発されないか不安…」。そんな風に悩んでいませんか。「技術部門が得たお客様の声をどう案件につなげればいいのか」「営業以外の貢献をどう評価すれば、みんなが納得してくれるのだろう」といった疑問は、多くの担当者が抱えるものです。
こうした悩みは、全員営業の理念や理想だけが先行し、現場を動かすための具体的な「仕組み」が伴わないことから生まれます。その結果、部門間の情報共有がうまくいかなかったり、貢献度に対する評価基準が曖昧なまま進めてしまい、社員のモチベーション低下や部署間の対立といった、かえって悪い状況を招きがちです。
現場の反発を最小限に抑え、失敗リスクを回避しながら自社に「全員営業」を定着させるための、具体的な手順と仕組みづくりのポイントを解説します。
- まず「なぜ今、全員営業が必要なのか」という目的と危機感を、経営トップから全社に発信し共有する。
- 部門間の情報共有の壁を、精神論ではなくITツールなどの「仕組み」で取り払う。
- 営業以外の社員の貢献を正当に評価し、インセンティブを与える「公平な評価制度」を設計・公開する。
- いきなり全社で導入せず、協力的ないくつかの部署で「スモールスタート」し、成功事例を作ってから横展開する。
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そもそも「全員営業」とは?誤解されがちな定義と本来の目的
全員営業という言葉を聞いたとき、どのようなイメージを持つでしょうか。
もしかしたら、「営業以外の社員も売上目標を背負わされるのでは?」といったネガティブな印象を持つ方もいるかもしれません。しかし、それは大きな誤解です。
「営業以外の社員も売上目標を負う」という誤解
全員営業の失敗例でよくあるのが、「全社員が営業担当者のように新規顧客を獲得し、売上数字を追いかける」という誤解から始めてしまうケースです。
もちろん、結果として売上につながることは目指しますが、開発、マーケティング、カスタマーサポートなど、専門性を持つ社員に営業と同じ役割を強制するのは現実的ではありません。
それぞれの本来の業務に支障をきたし、かえって生産性を落とすだけでなく、強い反発を招く原因になります。
本来の目的は「全社で顧客価値を最大化する」こと
全員営業の本来の目的は、部署の垣根を越えて顧客情報を共有し、それぞれの専門性を活かして連携することで、「会社全体として顧客に提供できる価値を最大化する」ことにあります。
例えば、以下のような連携が考えられます。
- カスタマーサポートが受けた顧客からの改善要望を、開発部門が次の製品開発に活かす。
- 技術部門が顧客との会話で得た「追加ニーズ」の情報を、営業部門に連携してアップセルにつなげる。
- マーケティング部門が分析した顧客データを、営業部門が商談の切り口に活用する。
このように、全社員がそれぞれの立場で顧客と向き合い、得た情報をスムーズに連携させることで、結果的に顧客満足度の向上や売上拡大を実現するのが、本来あるべき全員営業の姿です。
なぜ今、全員営業が求められるのか?3つの時代背景
近年、多くの企業で全員営業の重要性が叫ばれています。その背景には、市場や顧客の変化が大きく影響しています。
1. 顧客ニーズの複雑化と高度化
インターネットの普及により、顧客は商品やサービスを購入する前に、自ら情報を収集し、比較検討することが当たり前になりました。
その結果、顧客が営業担当者に求めるのは、単なる商品説明ではなく、自社の課題を深く理解した上での専門的な提案です。
営業担当者一人の知識だけでは対応しきれない高度な課題に対し、技術部門や開発部門など、社内の専門知識を結集して応える必要性が高まっています。
2. 営業部門だけでは追いきれない顧客接点の増加
Webサイト、SNS、セミナー、展示会、カスタマーサポートなど、企業と顧客との接点(チャネル)は多様化しています。
営業部門だけが顧客接点のすべてを管理するのは不可能です。
それぞれの部署が担当する顧客接点で得た貴重な情報を、全社で共有し活用する体制がなければ、多くの商機を逃してしまうことになります。
3. サブスクリプションモデルの普及とLTVの重視
SaaSビジネスに代表されるサブスクリプションモデルの普及により、ビジネスの成功指標は「売り切り」の売上から、顧客に継続して利用してもらうことで得られるLTV(顧客生涯価値)へとシフトしています。
LTVを最大化するためには、受注後のカスタマーサクセスやサポート部門の役割が極めて重要です。
顧客の成功を全社で支援し、解約を防ぎ、アップセルやクロスセルにつなげていくためには、営業部門だけでなく、全社一丸となった取り組みが不可欠なのです。
全員営業が失敗する典型的な3つのパターンと回避策
全員営業は強力な武器になる一方、進め方を間違えると形骸化し、組織に混乱を招くだけで終わってしまいます。ここでは、よくある失敗パターンとその回避策を見ていきましょう。
パターン1:理念や精神論だけで現場に丸投げ
経営層が「今日から全員営業だ!」と宣言するだけで、具体的な方針や仕組みを示さないケースです。
現場の社員は何をすれば良いのか分からず、戸惑うばかりか、「またトップの思いつきか」と冷めた目で見てしまうでしょう。
【回避策】
なぜ全員営業が必要なのか、その目的と目指す姿を経営トップが自らの言葉で具体的に説明することが不可欠です。そして、「頑張ろう」という精神論だけでなく、後述する情報共有や評価の「仕組み」をセットで提示する必要があります。
パターン2:情報共有の仕組みがない
「顧客のために部署間で連携しよう」と呼びかけても、情報を共有するための具体的な手段がなければ、何も始まりません。
口頭での伝達やメールでの報告では、情報が属人化したり、埋もれてしまったりして、有効に活用されません。
【回避策】
誰が、いつ、どのような情報を、どこに記録するのかというルールを明確に定めます。さらに、SFA(営業支援システム)やCRM(顧客関係管理システム)といったITツールを導入し、誰もが簡単かつリアルタイムに情報へアクセスできる「仕組み」を構築することが成功の鍵です。
パターン3:評価制度が不公平でモチベーションが低下
営業以外の社員が案件創出に貢献しても、その努力が全く評価されなければ、「やっても意味がない」と感じてしまうのは当然です。
貢献が営業担当者の手柄になるだけで、インセンティブもなければ、協力的な姿勢はすぐに失われてしまいます。
【回避策】
営業以外の社員の貢献を可視化し、正当に評価する制度を設計することが極めて重要です。例えば、案件につながる情報を提供した社員にインセンティブを支払う、目標設定に他部署への貢献度を加えるなど、誰もが納得できる公平な評価基準を設ける必要があります。
失敗しない「全員営業」導入の具体的な5ステップ
では、具体的にどのように全員営業を進めていけばよいのでしょうか。現場の混乱を避け、着実に成果を出すための5つのステップを紹介します。
ステップ1:目的の明確化と経営トップからのメッセージ発信
まず最初に、「なぜ、わが社は全員営業に取り組むのか」という目的を明確にします。
「売上目標達成のため」といった短期的な視点だけでなく、「顧客満足度を業界No.1にするため」「市場の変化に対応し、10年後も成長し続ける会社であるため」といった、全社員が共感できる長期的で大きなビジョンを掲げることが重要です。
そして、その目的とビジョンを、必ず経営トップから全社員に向けて、熱意をもって直接伝えるてください。これは、全員営業が単なる現場の取り組みではなく、会社の未来を左右する重要な経営戦略であることを示すための、最も大切な第一歩です。
ステップ2:情報共有の「仕組み」を構築する
次に、目的を達成するための土台となる、情報共有の仕組みを構築します。
ここで重要なのは、精神論に頼るのではなく、テクノロジーを活用して「情報共有せざるを得ない」環境を作ることです。
具体的には、SFAやCRMといったツールを導入し、顧客に関するあらゆる情報を一元管理します。商談履歴だけでなく、サポートへの問い合わせ内容、セミナーの参加履歴、Webサイトでの行動履歴など、すべての顧客接点の情報を集約することで、部署を横断した顧客理解が可能になります。
ツールの導入にはコストがかかるため、その投資対効果が気になる方も多いでしょう。
複数の調査レポートが、SFA/CRMツールの導入効果を具体的な数値で示しています。例えば、Salesforceが2022年から2024年にかけて実施したグローバルな顧客調査によると、ツールの導入によって売上件数が平均で29%、営業担当者の生産性が平均34%向上したと報告されています。
また、米国の調査会社Nucleus Researchのレポートでは、CRMへの投資1ドルあたり平均8.71ドルのリターン(ROI)が生まれるとされています。
もちろん、これらの数値はあくまで平均値であり、すべての企業で同じ効果が保証されるわけではありません。しかし、情報共有の仕組みを整えることが、売上向上に直結する強力な打ち手であることは間違いありません。
ステップ3:公平な評価制度とインセンティブを設計する
社員が積極的に協力してくれるかどうかは、このステップにかかっていると言っても過言ではありません。
営業以外の社員による貢献をどのように可視化し、評価に結びつけるかを具体的に設計します。例えば、以下のような制度が考えられます。
- リード提供インセンティブ:技術部門やサポート部門の社員が顧客から得た情報が新規案件につながった場合、売上の一部をインセンティブとして支給する。
- MBO(目標管理制度)への組み込み:個人の目標設定の中に、「他部署への情報提供件数」や「連携による顧客課題解決件数」といった項目を加え、評価対象とする。
- 社内表彰制度:全員営業を象徴するような素晴らしい連携プレーや貢献をしたチーム・個人を、全社員の前で表彰する。
重要なのは、評価基準を明確にし、全社員に公開することです。これにより、評価の公平性と透明性が担保され、社員は安心して協力体制を築くことができます。
インセンティブ制度を導入する際には、法律上の注意が必要です。
社員の貢献に対して支払われるインセンティブは、労働の対価と見なされ、労働基準法上の「賃金」に該当する場合があります。その場合、以下の法的要件を満たす必要があります。
- 賃金支払いの五原則:通貨で、直接、全額を、毎月1回以上、一定の期日に支払う必要があります(労働基準法第24条)。
- 保障給の義務:成果によって報酬が変動する場合でも、労働時間に応じて一定額の賃金を保障しなければなりません(労働基準法第27条)。
- 割増賃金の支払い:時間外労働や休日労働が発生した場合、インセンティブを算定基礎に含めた割増賃金の支払いが必要です(労働基準法第37条)。
法的なリスクを避けるためにも、インセンティブ制度の設計にあたっては、社会保険労務士などの専門家に相談することを強く推奨します。
ステップ4:スモールスタートで成功事例を作る
いきなり全社で一斉にスタートしようとすると、混乱が大きくなったり、予期せぬ問題が発生したりするリスクが高まります。
まずは、協力的ないくつかの部署や、連携効果が出やすい特定の製品・サービスに絞って試験的に導入する「スモールスタート」がおすすめです。
例えば、「営業部」と「カスタマーサポート部」の2部門に限定し、「特定の製品に関するアップセルの機会創出」というテーマで連携を開始します。そこで小さな成功体験を積み重ね、運用の課題を洗い出して改善していくのです。
この小さな成功事例が、「全員営業は本当に効果がある」「自分たちにもできる」という社内のポジティブな空気を作り出し、後の全社展開をスムーズにします。
ステップ5:成功事例を横展開し、全社に浸透させる
スモールスタートで得られた成功事例と改善された運用ノウハウを、社内報や全体会議の場などで積極的に共有します。
成功の裏にあった具体的な連携方法や工夫、貢献した社員の声などを紹介することで、他の部署の社員も「自分たちの業務にどう活かせるか」をイメージしやすくなります。
成功事例という「動かぬ証拠」をもとに、対象部署を少しずつ広げていくことで、現場の納得感を得ながら、着実に全員営業の文化を全社に根付かせていくことができます。
まとめ:全員営業は精神論ではなく「仕組み」で成功する
全員営業を成功させるために最も重要なのは、「みんなで頑張ろう」という精神論やスローガンではありません。
「なぜやるのか」という明確な目的の共有を土台とした上で、
- 部署の壁を越えて情報をスムーズに共有できる「情報共有の仕組み」
- 貢献した人が正当に報われる「公平な評価の仕組み」
この2つの「仕組み」をいかに具体的に設計し、運用できるかにかかっています。
最初は小さな一歩からで構いません。この記事で紹介したステップを参考に、まずは協力的な部署とのスモールスタートから、貴社の「全員営業」を始めてみてはいかがでしょうか。
顧客と向き合う全社員の力が結集したとき、組織はこれまで以上の大きな成果を生み出すことができるはずです。